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水耕は散文的に

熊本のDoit Science(ドイサイエンス)のアルバム「Information」を遅ればせながら買いました。
福岡で「ドイサイエンスと対バンして!」の嵐に見舞われる以前からジョン(犬)さんからの「たぶん仲間だと思う!」という紹介やら実はmorale is lowで辻ちゃんがレコメンしてたりで音はちょいちょい聴いていたという。そして清田さんとツイッターで直接やりとりしたりなんかもしちゃってるという。それにしても&からのリリースとはビックリ!!
僕ら(トゥラリカ)と東京のte_riと熊本のDoit Scienceは、ほぼ同時発生した「スカスカ脱臼音楽」の同志だと勝手に思ってます。遠く離れた場所でそういうことが起こるのが漫画みたい(?)で面白いですね。

で、感想なんですけど、浜辺感と白昼夢感が脱臼性の中に実現されていてスゲー素敵でした。

感想シンプル過ぎますかね?
個人的に脱臼型のアンサンブルを組む時いつも発生するのが色の問題なのです。自分で組む(声を含めての)アンサンブルはモノトーンになりがちで、いかに光沢であったり色彩感を(しつこいが音でなくアンサンブルやフォーマットとして)出すかということに腐心するのが曲作りの大部分なのですね。それは音源のミックス以外ではギター、ベースにエフェクターをかまさないというチンケなしかし外せないこだわりの障害でもあるわけですが……。

ドイさんはズレやタイミングの揺らぎを意識的に内包した、目がいっぱいある演奏でありながら、淡い叙情や色彩があるのですね。これが濃いと一気にプログレ臭くなってしまうのではないでしょうか。この淡さとアンサンブルの兼ね合いがとても気持ちいいです。僕がここ最近欲しかった淡い黄色とか、快晴の昼のビロードがかった感じがこのアンサンブルの中に実現されている!しつこいけどこれは個人的に!マーク付けるくらい凄いことと思うんですいません。ライナーにシティポップというキーワードが出てくるのもさもありなん、と。



しかしこの「淡さ」が00年代以降日本のロック的表現に接続される時っていうのは、やっぱりどこかソフトロック〜シティポップスっぽくなるのですかね。以前ジアクトの近藤さんとも話したんですが、ceroとか平賀さちえとかカメラ=万年筆とか昆虫キッズとか、アンダーグラウンドでクオリティの高い音楽をやっている人たちにはニューミュージックと言われたあたりの年代の日本のポップスや良質なソフトロックを感じるし、ドイさんの音源と一緒に購入したWE ARE!「のらくら」にも往年のシティポップスを感じました。
ここまで例を出しておきながらこれはあまりにも恣意的だなと思ったのですが、とりあえず表面的には違っていても、音楽的に1周(〜何周も)した人たちがステレオタイプな和の表現でなく、かつポストロックやオルタナの疲弊を横目に日本的グッドミュージックを形にした結果、通奏低音のような形でソフトロック〜シティポップスがほんのり現れているのは面白い現象だと思いました。とはいっても今までも異なった時代背景の中で渋谷系とかくるりとかサニーデイとかそういう事例もあったわけで別に今に始まったことではないのだから僕がこういうことをウダウダ言っているのもクールじゃないわけで……。それでドイさんを同志と言ってその同志を褒めることは間接的に自分たちを簡単に正当化しているようにも見


Doit Scienceのアルバムもトゥラリカのアルバムも買って下さい。
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