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錨の下ろし方は砂絵次第

青木淳悟の「私のいない高校」を読了。センテンス単位の凄みで言うと前作「このあいだ東京でね」(過去ログ参照)ほどではないものの——そもそもそれを評価基準にしていいのかも微妙な小説ではある——やはり青木氏の底知れなさを思い知らされる作品でした。


学園モノの小説、といってもあくまで舞台が高校というだけであって、所謂ジャンルとしての学園モノではない。本来なら焦点が当てられるはずの「生徒たち/教師たちの日常や苦悩」は極めてあっさりと描かれ、というかほぼ書かれずと言ってよく、それよりも学校の諸行事、ある留学生を受け入れていく過程、女子校が共学になる段階で発生する事例の概要ばかりがある種の観察報告のような文章で書かれる、(言ってしまえば)「だけ」の小説である。判然と主人公といえる存在がない。



面白いか?わからない。誰かに「君はさして面白くもない前衛ぶった(しかしこれは筋にしても書き方にしても別に「前衛」ではない、それも凄いのだが)作品を、それまでにないから、とかそれらしいコジツケ理由で評価して、さも僕は理解がありますよ、新時代の人間ですよ、と思いたいだけなのだ」と言われたらグウの音も出ない。正直自分にそのケがないとも言えないからである。しかし多分本当の新時代人は「グウの音」なんて使わないだろう。いずれにせよ僕はとにかく「わからない」にとどまって分かったフリをしてでもとにかく考えてみることを選ぶ。


この作品の個人的にもっとも魅力的な点は、読んでいると、人物がたくさん登場しているのにその影は見えず、ただ学校の中にその声の反響が絶えず鳴り響いているような感覚になることだ。
無論、それぞれのエピソードの概要や行事は、とても細かく描かれている。テストの時間割や、先生同士の授業の交代による時間割変更など、読み進めるのが面倒になっても仕方ないと思えるほどだ。その意味で「群像」やツイッターで既に様々な人が言及しているように、この小説はとても透明で、均質である。
ところが、もしこれで「実は生徒はみんな死んでいて、この話は誰かが見ていた夢でした」的なオチになっても全く驚かないほど、何か現実的なものが感じ取れないように思える。僕の例はあまりに陳腐であるにせよ、とにかく前記のようなことは起こらない、というか何も起こらないし、誰かの思考や視点の流れによる文章の膨らみみたいなものも一切現れない。


「視点がひとつに固まらない、教室の中を浮遊しているような視点というのをどうにかして維持していこう、それだけを推進力にして進めていこう、それは常に意識していました。」(青木淳悟、講談社「群像」2011年8月号、阿部和重との対談において)


この作品にも、過去ログで触れたような「あるものに対して言葉を費やせば費やすほど、本来の意味とは違った場所に行ってしまう」とでも言えばいいのか、そういう青木淳悟的面白さがある。学校に響く無数のエコーの中を漂いながら、そのエコーが重なったところにある事物が現れる、というか、ある名前が目に入った瞬間にそれは生身の人間のイメージではなく、人間のシルエットを持った(波紋のような?)反響となって学校の中を伝わり、また別の名前が現れると、また違うシルエットの反響が起こって……。、



阿部「青木さんのすべてに対して一定で、完全に等距離で接したいとする欲望は、どこから気ているんでしょうね」
青木「愛とか(笑)」(同「群像」より)


僕は学校での思い出というと、割と出来事云々よりも、ある情景に対しての思い入れの方が強い気がする。しかも誰かと〜しているというより、晴れた日に薄暗い階段に陽光が射し込んでいる場面だとか、夕方の廊下とか、人がいないという情景に対して。「私のいない高校」から感じ取れるのはそれと近質の感覚ではないか。何かがないことで聞こえてくる音、見えてくる風景、発生する思考があるはずであり……であるからこそ僕はこの作品を「ダブ小説だ!」とひとりごちたのだ。それもかなりミニマルなダブではないか。




青木氏は僕が先ほどから引用している「群像」の記事の中で、「金八先生」をはじめとする所謂学園モノに強いアレルギーがある、という旨の発言をしている。僕はこれにはかなり共感するところがあるということは言っておかねばなるまい。
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