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対カップラーメン専用彫金

相変わらず曲作りと仕事に肉体と精神を切り裂かれながら過ごしています。言葉を選ぶということは生き方を選ぶということでしょうか。ダダイストとしてお馴染みの高橋新吉が晩年、禅に目覚めてからつくったという詩に心奪われました。一部抜粋。
「 心でもないものはない
  ただ心だけが 心ではない

  見聞覚知は心にあらず

  心とは大きさもない
  有るものでもない

  心は無いとはいえぬ
  物が有る以上 心はある

  物は心である」

度々好きな画家としても名前を挙げているカンディンスキーの言葉を引用。
「かたちは、たとえそれがまったく抽象的で幾何学的な図形に等しいものであっても、それ自体で内的な響きをもっていて、同一の性質を共有するひとつの精神的存在である。」



さて、「わからないところにとどまる」とか「良し悪しはともかく~の方が広がりがある」みたいなことを言い続けていたら、案の定思考停止しているような現在です。思考は止まっても、直感と行動があり続けるだけまだ救いはあるか。なんだか正直小説に興味がなくなっているのかもしれません。かといって高橋新吉の「空洞」を買ったけど、全然体感できなかった。文学的雰囲気の中で文学的文脈の文学的広がりばかりを探すのはやめよう。


感傷とかでなく。東京のthe cabsが解散しました。数少ない自分と同じ88年世代のバンドでした。僕が知らんだけかもしれませんが、年上や年下はいっぱいいるのに何故か88年組だけ全然いないのです。ので、シネマ経由で知って以来、stiff slackでギターの國光くんと話したり(giants chairやらethel meserveの話で盛り上がった)、対バンしたりなんかして、折に触れては意識するバンドでした。やってる音楽は全く違ってても。


新曲鋭意制作中!
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